5月18日 バヌアツ 腹痛 大型クルーズ船の船医に診察

バヌアツは、南北1000km以上の海域に85ほどの島が南北に点在する1980年独立の新しい国。

フィジー出航以来、5ノットで4日で到着する予定で走っていたが、少しスピードが出すぎて、今後7ノット以上で走れば、3日で到着する状況なので、フルメイン、フルジブにし、エンジンも補助的に回し7ノット以上をキープしながら走ることにする。


 フルメイン、フルジブで快走

5月13日頃から、腹の調子がなんとなくおかしくなった。出航以来通弁がなかったが、腹が張って非常に痛い。14日の午前0時過ぎ腹がパンパンに張って痛かったが、3Lほどのほとんど水状態を嘔吐。吐いて少し楽になったが、また腹が張ってくる。七転八倒しながら一夜を過ごす。


 アナトム島が見えてきた

14日の午後、最初の目的地、バヌアツの南の島アナトム無島のAneghausgetと言うPort of Entry(入国手続きのできる港)の湾に入ってゆくと鉄製の小型漁船のような白いボートの舳先から日本語で、こんにちは、あの辺りに錨を入れたらどうでしょうと声がする。お勧めのエリアあたりに投錨。

それ以降私は食事もせずに船内で横になっていたが、その晩、杉原、阪口はその船(KWA)に晩飯をご馳走になりに出かける。フランス人と一緒の日本人女性(Nさん)と3~6歳位の子供2人でこのあたりをゆっくりと船旅しているらしい。ダイビング用コンプレッサーを積んだ別のボートを横抱きしながらアンカリングしている。


 Nさんのボート コンプレッサーを積んだハウスボートを横抱きしている

翌朝、彼らの薦めもあり、私の腹痛が尋常でないようで、腸閉塞等のような緊急を要する病気では問題なので、バヌアツの首都ポートビラの病院まで飛行機で行ったほうがいいということになった。

同時に、たまたま早朝に豪華客船(4000人乗り)が湾外に到着したので、無線で船医に診察をお願いすると、診てくれるということになった。


 あの豪華客船の船医が診てくれるという

ハーモニーのテンダーは船外機が頼りにならないので、KWAの旦那が、彼らのアルミディンギーで一家と我々3人を積んで近くの飛行場のあるリゾートアイランドまで行ってくれた。船医もこの島で診てくれるそうだ。リゾートアイランドの白砂のビーチに客船の乗客もどんどん上陸してくる。

ビーチの椰子の木陰のベンチで横になっていると、はじめに、女性の看護師が腹を診察してくれた。あちこち押して、一番痛いときを10とし、なんでもないときを0とすると、今はどの程度の痛さかと聞くので、9と言ったら少し笑われてしまった。

彼女が船上の船医とトランシーバーで連絡をとっているとき、腹を押されたからであろうか、また3Lほどの茶色の水状のものを吐いた。戻ってきた彼女にそれを伝え、嘔吐したら少し楽になって7になったと伝えた。船医は1時間後に来るという。Nさんが飲ませてくれた冷えた真水の美味しかったこと。

その間に杉原が、飛行機に乗れるかを調べるため飛行場へ行ってくれた。飛行機は数人乗れるかという小さいもので、満席。急病人がいるから誰か変わってくれと頼める状況ではなかったとのことだった。

船医が客船の上陸用大型ディンギーでやってきて診察。指先から血液を採取したり、血圧を測ったりし、看護師に尻に注射をされ、診断は、腸閉塞のような緊急性のものではない、胃腸炎、胃腸カタルのようなものでしょうとのこと。看護師が、吐き気止め、痛み止め、脱水状態のための生理食塩水、下痢止めの薬を貰う。ヨットには一緒に乗って行っても良い。状況が変わらないなら再度医者に行くようアドバイスを貰う。帰船してしばらくしたら、注射の効果か、便通があり、一安心。貰った薬を飲んで休む。

当初の計画では、途中火山島に寄ってポートビラへ行く予定であったが、大事をとって16日首都のポート・ビラにヨットを直行させ、17日ポートビラに入港。ポートビラには、病院は地元の国立病院とプライベート病院があるが、プライベートのほうへ行ったほうがいいとのKWAの直美さんの薦めであったが、入港した当日はナショナルホリデーで両病院とも休み。フィジーの居酒屋レストランのSさんの知り合い(0さん)へ連絡を入れておいたら、国立病院のほうには、男性日本人看護師(Sさん)がいて、休日でも診てくれるとのこと。タクシーで行ってみると点滴、血液採取をして、翌日また来るように言われた。その晩はOさん経営メラネシアンホテルに宿泊。腹痛を抱えながらもゆっくり静養できた。


 ポートビラの中央病院の中 

翌8日、病院へ行くと、まずエコー検査を受ける。Sさんによると、血液検査やエコー検査等の結果を踏まえて、細菌性の中毒や炎症ではない。胃腸炎でしょうとのこと。それまでは船医にもらった薬を飲んでいたが、これ以上悪くならなければ、薬ももう飲まないでよい。粗食で胃腸に負担をかけないようにして回復を待ってくださいとのことだった。日本人看護師(Sさん)、連絡を取ってくれたOさんには深謝。

# by harmonynews | 2012-05-18 13:37 | Trackback | Comments(0)

5月11日 フィジー・デナラウ&ラウトカ  出港

フィジータイムのおかげでメンテナンスの予定が大きく遅れていたが、5月10日メインエンジン、ジェネレーターともスタート。ディンギーをスターンに吊り下げて固定したり、デッキやコックピットを洗ったり、メンテの残りを片付けたりと出港準備に取り掛かる。修理業者も修理道具を引きあげに来る。

10日の晩は、デナラウでジャズフェスティバルがあり、USA、オーストラリア、NZからもジャズメンが来てこのあたりのホテルや、デナラウのシーサイドテラスなどいくつかの会場に分かれて演奏をするらしい。お世話になったW夫妻にも声をかけて、シーサイドテラスでの演奏を聴きに行く。バンドは5つほど、1時間毎にステージが変わる。ロックバンド的なもの、コルネットやトロンボーンの入ったバンドなど久しぶりに生の演奏を楽しめた。


夕暮れのポートデナラウ


 ブラスの入ったバンド 結構ジャズできた


 すべての打楽器にラインがつながっているエレキドラムスも活躍していた

5月11日、朝8時過ぎに、ポートデナラウマリーナを出航。チェックアウト手続きをするため、Port of Entry のラウトカまで北に走る。湾内にアンカリングして、ディンギーを下ろし、船外機を恐る恐るかけ、約1kmの距離を、エンジンの回転数を上げないよう、途中エンストで手漕ぎボート状態になりつつ、カスタムオフィスの近くに上陸。チェックアウト手続きに時間がかかる。


 あの白い建物の後ろがカスタムオフィス


 ディンギーを係留したところ 沖にハーモニーがアンカリング

やっと終わると係官が船に検査に来ると言う。ディンギーが係留されているところまで連れて行って、エンジンの調子が悪く、手漕ぎになると説明すると、船内検査はしないことになった。午後1時過ぎ出航。

安全に外海へ出るには、サンゴ礁や低い島に囲まれた湾や水路を、再度南へ4時間ほど下り、サンゴ礁の間のパスを抜けることになる。17時過ぎ、パスを通過するとき、3ノットほどの向かい潮があった。パスを出ると方位は西南西、バヌアツの南の島を目指す。風は南東、スターボードタックのアビームからクォーターで約6ノットで順調に走る。次の目的地Aneghausgetまで、5ノットで4日、7ノットで3日、約600マイル(1100km)の距離だ。


 あの標識の左を通って環礁の間を抜け、外海へ出る

# by harmonynews | 2012-05-11 13:07 | Trackback | Comments(0)

5月9日 フィジー・デナラウ  出港準備

5月8日、業者へ依頼している修理が遅れているため、デナラウ出航が予定より1週間以上遅れているが、うまく行けば、明日あたり出航できそうなので、肉などの生鮮食料をナンディータウンへバスで買出しに行く。バスは、ポートデナラウのバス乗り場から15分おきに出ている。タウンから来たバスは、デナラウのリゾート施設内を回ってから、タウンへ向かう。

デナラウ地区は、シェラトン、ウェスティン、ソフィテルなど大手リソートホテル、ゴルフコース、周りのリゾートアイランドへの連絡観光船が発着する桟橋、レストラン、ショップ等のモール、マリーナ、ヨット関連のショップや修理工場等がある一大リゾートエリア。バスで施設内一周にもそこそこ時間がかかる。

バスはタウンの野菜市場裏手の広場、終点まで乗って1フィジードル(約50円)。広い屋根で囲われた市場とその周辺にシートを敷いて、野菜を並べている露店の集合だ。市場内は、まだ洪水の影響も残っているのか、賞品を並べていないスペースも目立つ。野菜を少し買って、マラリア蚊対策の肌にスプレーする防虫剤、ガスレンジ着火用のチャッカマンを町で探す。防虫剤はあったが、チャッカマンは日用品屋で聞いてあちこち5軒ほど回ったが、結局なかった。


 野菜売りのおばさん 典型的なフィジー人

デナラウ方面へ流れる洪水を起こした川に架かる橋を歩いて戻り、Wさんお勧めの肉やへ寄る。ここはホテルや、アイランドリゾートにも肉を収めているそうで、確かにスーパーなどより品揃え、品質はいい。牛、豚肉1kg、ソーセージ0,5kg購入。牛、豚は、ヨットで長く貯蔵するのでといって真空パックにしたもらった。


 ナンディータウンの入り口を流れる川 この川が氾濫した

午後、エレクトリシャンが船に来て、メインエンジンのスターターの修理に取り掛かると、1時間ほどでスタートした。ジェネレーター(発電機)も動いた。残るは、船外機の部品(中古のキャブレター)が手に入り、と修理に出しているGPSが直って戻って正常に動けば出航OK。GPSは、PC(パナソニックのタフブック)のシーマップへ位置情報を送るためのガーミンのハンディーGPS。

ここの修理業者、ヨットヘルプのエンジニアは、それそれ得意分野があって、スターターはエレクトリシャン、エンジンは誰と分業制でやっているようだが、どうやら月給/週休のようで、ティータイムやランチタイムは作業の途中でも休息はしっかりとるし、夕方は時間になると帰ってしまう。しかも他の船の修理と掛け持っているようで、こちらは予定が延びているので早く出航したいのに、丸1日誰もエンジニアが来ないこともある。二人ペアで修理に取り掛かることがあるが、フィジー語でおしゃべりしながら、彼らのペースで楽しんで作業しているように見えるときもある。郷に入っては郷に従うとしよう。


 ジェネレーター

5月9日 GPSも何とか動くようになった。船外機の部品は結局フィジーでは中古も見つからず、日本の友人へメールして部品番号を問い合わせるとすぐ返事が来た。ありがたい。別の横浜の友人へ、手元へ取り寄せてDHLでバヌアツの首都ポートビラのマリーナへ送ってもらうことにして5月11日に出航することにした。

# by harmonynews | 2012-05-09 09:31 | Trackback | Comments(0)

5月5日 フィジー  ナンディータウンへ買い出し

5月5日(土)、業者へ依頼していた修理が週末までに終わる予定で、5月7日(月)出航、食料等の買出しは5日(土)の午前中とし、Wさんに車でナンディータウンへ連れて行ってもらうことにしていた。しかしジェネレーター、メインエンジンのスターターの修理は終了せず、ヤマハ船外機の部品、修理に出していたGPSも月曜日になるそうで出航は早くとも5月8日(火)になる。

午前9時Wさん夫妻が車で迎えに来てくれる。ナンディータウンへ行き、備品や食料の買出し。ハエたたき、洗剤、バケツ、蚊取り線香、殺虫剤、バヌアツ等へ寄港した際の港や住民への土産(ノートとボールペン)、食料、ビール、ジュース等などを仕入れる。まずは野菜マーケットで一通りの野菜類を調達。野菜の種類は、概ねそろっているが、やはり洪水の影響で、値段は高めだとWさんの奥さんが説明してくれる。主婦がいると食料、日用品の買い物はいいアドバイスがもらえる。大助かりだ。


 ナンディータウンのヒンドゥー寺院  フィジーにはインド人も多い


 野菜市場の中


 野菜市場の外


 ナンディータウンの中心街  まだ誇りっぽく、洪水の傷跡が残る

町には"Flood Sale"の張り紙を貼った店が多く、洗ってはあるらしいが、洪水の泥で汚れた品物などが安く売られていた。出航がまた少し延期されそうなので、生鮮品の仕入れは微妙だが、Wさん夫妻のおかげで仕入れたいものはほぼ揃った。


 あちこちの店に貼ってある Flood Sale の張り紙 店の商品も少ない

帰りがけに途中の肉屋へ寄って、予約していたすき焼き用牛肉を受け取って、マリーナへ戻り。Wさん夫妻をそうめんのランチに誘う。その晩は、フェアウェルPも兼ねて、Wさん夫妻、南太平洋に詳しいSさんとMさんと、ハーモニーでのディナーを予定している。

17時過ぎ、WさんとSさんカップルは、手羽のから揚げ、オクラと酢味噌、にんじんサラダ、地元の白身の魚のにぎり寿司、刺身、巻物等など、いろいろな料理とワイン、ジンロを持ってきてくれ、ハーモニーではすき焼きを用意。夜遅くまで、盛り上がった。


 オクラ、手羽先のから揚げ、若いぜんまいのような植物のおひたし等など


 白身刺身の握り、巻物に、ご当地ビール、フィジーゴールド


 Wさんが撮ってくれた  中央がSさん、右隣がMさんとWさんの奥さん

# by harmonynews | 2012-05-05 13:24 | Trackback | Comments(0)

5月4日 フィジー・デナラウ  キューバで会ったエストニア人と再会

5月3日、ヨット修理業者「ヨットヘルプ」に頼んである。発電機(ジェネレーター)エンジン、メインエンジンのスターター、GPSアンテナの取り付け、シャワーのノブからの水漏れ、は一向に進まず、ジェネレーターエンジンの部品を車で1時間ほどのラウトカ町で調達してから、修理が始まるらしい。他の修理はそれから取り掛かるようだ。

アンカーチェーンをバウのアンカーウェルから引き出して、ポンツーンの上に並べ、清水で洗ってから、アンカリングの際、降ろしたチェーンの長さが判別しやすいように、チェーンの10m毎に、20cmほどずつ部分的にペイントで塗装する。10mで黄色1本、20mで黄色2本、30mは赤1本、40mは黄色1本、50mは黄色2本、60mは赤1本という具合だ。


  バウのアンカーウェルからアンカーをポンツーンの上へ引き出して、10m毎に色塗りする

ディンギー用の船外機は、坂口が分解して、エアや燃料が通る穴という穴に針金を使ったり、ダイビングボンベからエアガンで空気を吹きかけて、通るようにしている。どうやらキャブレターを交換しなくてはならないようだ。業者に聞くと、新品のパーツはフィジーにはなく日本から取り寄せると2週間かかる。中古の部品を探してみるといっている。

シャワーの蛇口ノブからの水漏れについては、水をとめて蛇口を外してみると、パッキンがだめになっているようで、部品はフィジーにはないだろうとのこと。別のメーカーの新品に替えるか、元栓に別のコックをつけて水を止めるかしかないといっている。バウのクルールーム(現在は物置に使っている)に同じメーカーの蛇口が着いていることを思い出し、それをシャワー室のノブと交換してくれるように頼む。クルールームの蛇口をシャワー室に取り付けると、漏れが止まり、水もお湯も出るようになった。

5月4日、朝からエンジニアが来てジェネレーターと格闘しているが拉致があかない。やはり別の部品待ちのようだ。船外機の取り付けボルトの片方が、取り付け取り外しの回数が多いため、ねじ山が磨耗して利かなくなっていた。業者に修理を頼むと、ボルトを少し太めにし、穴のほうはタップを切って、機能するようになった。また、そのボルトを回す取っ手も破損していたので、古いノブを加工して作り直した。左右の取っ手の長さが違ってしまったが、何とかまともに使えるようになった。


 船外機の取り付け取っ手を直す 左右長さが違う  エンジン自体はまだ回らない

その晩は、キューバのサンティアゴ・デ・クーバで出会ったエストニア人、ヘルダー(Heldur)が乗っているヨット(Willow Wind)へ一杯飲みに来ないかを誘われていた。7時過ぎ行ってみるとまずはウォッカで乾杯。Willow Windは、ロシア人オーナー、ヴィクターと二人で乗り組む、51フィートスループ、センターコックピットの、スウェーデン製の高級ヨット。ここからニューカレドニア、オーストラリアの北側を通り、インド洋へ出てケープタウンを回って、ラスパルマスへ戻り世界一周を完結する予定だそうだ。


 ロシアの51フィートセーリングヨット Willow Wind

ヘルダーとキューバで会ったのは2011年3月。彼はそのときは別の35フィートほどのヨットに乗っていたが、そのヨットでキューバからカナリア諸島のラスパルマスへ行き、ラスパルマスで今のヨット、Willow Windへ乗り換えて、ブラジル、アルゼンチン、ケープホーンを越え、フィジーまで来て我々と再会したというわけだ。ヘルダーは、大相撲のエストニア人大関、バルトと同じ国の出身ですと言っていた。


 Willow Wind 船内でヘルダーと

ヴィクターは、ロシアのモスクワの東の町で大きな製鉄所を経営している富豪らしい。PCで彼の家を見せてもらったが、確かに大きい。Willow Windで昨年11月、クロアチアのドブルブニクの北、アドリア海のどん詰まりに近い港から、別のクルーと一緒に出航し、ラスパルマスでヘルダーと会って、クルーがヘルダーに変わった。今年の12月までにラスパルマスに戻る予定。13ヶ月で世界一周するそうで、かなり駆け足の航海になる。パタゴニアやイースター島の写真を見せながら、ヴィクターがロシア語で説明してくれた。ヴィクターは、英語はほとんど話せず、ヘルダーが通訳。翌日、Willow Windは出港していった。


 Willow Windのオーナースキッパー ヴィクター 写真を見せながらロシア語で説明してくれる

# by harmonynews | 2012-05-04 12:58 | Trackback | Comments(0)

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